私の日々の行いを点検しよう。
15「彼らは自分と意見の合わない人を憎み、すぐに殺す。16彼らの行く所ではどこででも、
悲惨な結果とめんどうな問題があとを絶たない。17彼らは一度も心の安らぎを感じたことがなく、神の祝福を味わったこともない。」(イザヤ59・7-8)
18「彼らには、神を恐れて悪事から遠ざかろうとする気持ちなど、少しもない。」(詩篇36・1)
世の中の不正とか不平等さとか、自分ではどうしようもないことだけど不満とストレスを感じることは時々ある。
ローマ人への手紙 3
本日の20代に見える牧師さんは私に問いかけた。システムが悪いから世の中は悪いのか?
そうではないと言う。人は皆、神様から離れて生きているが、そのことに気づかないまま世の中を生きて行こうとする時に、問題に巻き込まれていくということだった。
物事の良し悪しを判断する指標が他人によって語られ、まるで正しいことが皆の合意事項であるかのように決められ、同調しないと意識の低い人になってしまったりするので、無意識に同調して自分の考えとして取り込んでいくから。でも、それらは悪意や性欲とその他の欲望を上手に隠して奇麗な言葉で飾っていることもある。人の心の内側は隠されているので、見ることは誰にもできない。
2000年前はホモセクシャルは罪の一つとされていたが、今はレインボーの旗を振る人を称賛するような雰囲気と共に、まるで良いことのように変わってしまった。神の残した聖書の言葉から離れて、自分たちの意見と論理で物事の良し悪しを決めた結果が今の世の中の多くを決めている。良いことも悪いことも。
それでも、人のことに文句を言うことにエネルギーは自分の時間を使わず、それらを知ってますます聖書の言葉に自分を従わせて行こう、そうすることが唯一の平穏な生き方を貫く方法だ、ということだった。マタイ3章の16-20節を読み返そうということだった。
